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様々な技術を駆使した車体設計

阪口 真一(スズキスポーツ 技術本部 車体設計 部長)

WRカー開発に携わるまで

ルーフベンチレーター

昔はF3000用マシン(現在のフォーミュラNIPPON)の設計をしていました。スズキスポーツでの最初の仕事は1995年のパイクスピーク・ヒルクライム用マシンの開発でした。この時、本格的にスケールモデルによる空力実験を行い、ウイングやアンダーカウル(※1)、ディフューザー(※2)などエアロパーツの最適化を行いました。その甲斐もあって、このときのツインエンジン・エスクードは悪天候ながら見事優勝することができました。この後もパイクスピーク用のV6エスクードの設計もしましたが、それがクルマ全体を設計した最初のキャリアになります。サスペンション、フレーム、駆動系も含め、当時は手書きでしたがほぼクルマの全体を設計しました。そしてジムカーナ用やワンメイクレース用のフォーミュラカーを手がけ、JWRCの2代目イグニス スーパー1600からラリー車の本格的な設計を担当しました。これも2004年のチャンピオンカーになり、継続して現行のスイフト スーパー1600も手がけました。
WRカーの設計で重要な点は、まず基本は空気抵抗の少ない車体。そしてダウンフォースももちろん大切ですが、前後のバランスも重要です。それから冷却系への配慮、エンジンの吸気系のレイアウト。レーシングカーでは当然のことですけど、ラム圧(※3)を使ってエアボックス/クリーナーボックスに空気を押し込んで、ちょっとでもエンジンパワーを稼ぐ。その辺はまったくレーシングカーと同じです。それにラリーは長い距離を走るので、ルーフベンチレーター(※4)など居住性も考える必要があります。

エアロダイナミクス ~プロトタイプからの進化~

2006年のジュネーブモーターショーで発表したSX4 WRCプロトタイプは、発表のタイミングなどもあったのでかなり暫定的なスタイリング重視のデザインとなりました。その後、空力面では、量産車に対してウイング、アンダーカウル、オーバーフェンダーをつけたり、その形を変えてみたりという非常に数多くのトライをし、何千回という実験をしてきています。その際に留意したのは、量産車というのはリヤのリフト(=浮き上がり)が大きいんですね。それを押さえるべくリヤウイングをつけると、後ろが空力的に押さえられてフロントが浮きますので、今度はフロントのダウンフォースを出すためにスポイラーをつけたり、バンパーにえぐりをつけたり、前後のバランスを見ながら、リヤ〜フロント〜リヤ〜フロントと交互にダウンフォースを増やしていって今のカタチになっています。
SX4は基本ベースがハッチバックなので、リヤウイング周りの設計は難しかったですね。リヤウイングに空気を流し込んで負圧をつくりダウンフォースを発生させますが、屋根を伝ってきた空気がリヤウイングの裏に抜けていく流れが重要です。SX4は背が高くてリヤが急に落ち込んでいるので、ウイングの裏に入り込む流れが、なかなかうまく出来てくれない。スポイラーとメインルーフとウイングの位置関係が非常に難しかったですね。レギュレーション的な寸法規定などもありますので、いろんなパターンで高さや角度、位置関係などをトライして、今はこのレイアウトに落ち着いています。

それからウイングをコーナー旋回中でも効かせるためにバーチカルフィン(※5)をつけるトライを行っています。弊社の風洞施設では斜め風洞ができますので、クルマを20度くらいまで傾けながら、その都度ダウンフォースを測り、いったいどれくらいの角度で効きだすのかというのを定量的・数値的にとらえました。バーチカルフィンはダウンフォース自体には効きませんが、実験的に見てみますとスリップアングル(※6)が10度以上になると効いてきます。グラフでもちゃんと出てきています。今のラリーカーはそういった細かいところまで実験して検証する必要があるということですね。

膨大なテストの繰り返し

風洞実験設備で、パーツのモデルを作っては試すという積み重ねで、初期バージョンに比べると、合計で40%ぐらいダウンフォースが増えています。リヤ、フロント、アッパーといろんな部分を絶え間なく改良して、現在の形に至るまで作っては捨てて、作っては捨てて、と検証したパーツはすごい数になっています。クレイモデル=粘土でつくる部分もありましたが、削りながら付け足しながら形状をトライしました。一つ一つ実験して記録に残していきますので、ラリー車に関する空力のデータはかなり蓄積され、分厚いファイルが何冊もできました。
風洞実験とあわせてテストコースで、実車のサスペンションにストロークセンサー(※7)を付け、正確なダウンフォースのデータも取りました。風洞との対比を見てマシン前後のバランスを見直したりしています。
デザインについては、空力だけを突き詰めていくと、量産車のイメージからかけ離れてしまいますので、アールをつけてスムーズな形にしたり、デザイン的な意匠を盛り込むというのはあります。逆に、空力的な機能を重視したいという場合はそうしています。そのへんは、デザインコンポジット部門と常に話し合いやデザインレビューを行いながら進めています。

冷却系

クルマの特性については、風洞実験や実車テストなどでデータを取ればわかりますが、冷却系のレイアウトは難しく、エンジンの負荷、回転数やトルク、あるいは路面の状況によってアクセルワークが全然違いますので、それを予見して熱交換器(ラジエーター)のサイズ/配置を決めるのは非常に難しいです。ラリーイベントによって気温が全然違いますから、例えばインタークーラーはキャパシティー的には大きくとりたいのですが、レギュレーションで容積が決められている。そしてラジエーターは隣接した配置になるのですが、入れたいところに入らないといったスペース的な制約などもあってレイアウトやサイズの決定が非常に難しいところです。今は基本のマシンパッケージをヨーロッパテストで詰めていますが、複数のパッケージもバックアップとして検討しています。

材料力学 ~海外テスト部隊との連携~

WRCは走行距離が長く、競争の激しいカテゴリーなので、耐久性、走りきるタフさというのが絶対必要条件になります。いかに車両を軽量化してタフさを残すかが課題になってきます。これについてはミシェルさん、ニノさんから新しい材料の提案がありました。軽い素材といえば例えばチタンがありますが、チタンは限定された部分でしか使いません。それ以外に鉄を使っている部分がたくさんありますが、特殊な成分を入れた鉄というのがヨーロッパでは細かく規定されています。その中には、同じカタチで強度が1.5〜2倍くらいある、そんな素材もあります。この鉄をうまく使えば、軽くてタフなクルマが出来る。見た目には分かりませんが、材料の質・特性については今までより一段高いレベルで開発が進んでいます。そういった、材料力学的な部分でもずいぶん進歩したと思います。
また、ベーシックな部分でも、例えばロールケージの構造などにも彼らからのアドバイスが入っています。メンテナンス性も非常に良くなりました。ダンパーなどは、今まで私たちがネジで取り付けていたところを、ピンを抜いたらクイックに取り外しが出来るなど、実戦を何年も経験してきている方たちのノウハウが随所に盛り込まれています。
そんなミシェルさん、ニノさんらがまとめているフランスのテスト部隊ですが、日本サイドとは表裏一体、同一のチームとして動いています。日本で設計したものをフランスに持っていき、向こうからはフィードバックのデータが入ってきて、それを繰り返しながら、絶え間なく改良を進めています。また、フランスでのテストで実際に何が起こっているのかを見る必要がありますから、私も含めて日本側のスタッフがローテーションを組んで、実際にテストに立ち会って記録をとっています。また、問題の対策と改善に向けてのメールのやり取りも毎日行っています。

完成形に近づいたSX4-WRC

10月のテスト参戦は目の前ですから、もうマシンは完成に近いところまできています。
ただ参戦初年度は苦労する覚悟はしています。スーパー1600でも体験していますが、それよりもずっと大変だということは今までの経緯の中でも分かっています。とは言っても技術的・物質的なものなので、以前もそうだったように、一つ一つ対策シートを作って解決していけば、ある程度のところまで行けると思っています。

※1 エンジンなどを保護する目的もあるが、車体下面を流れる空気を利用してダウンフォースを発生させる機能がある
※2 車体のリヤ下面に位置し、後方へ流れる空気を上方に跳ね上げる構造で、路面に吸いつく力を得ることができる。
※3 走行の際、車の前面からかかる風圧
※4 ドライバー、コドライバー用に車内に空気(外気)を取り入れる為の通気口
※5 リヤスポイラーに設けられた縦に並ぶフィンで、横方向に対しての車体制御の役割を果たす。
※6 このばあいは、風洞実験設備のなかで、車を上から見たとき、風の向きと車の向きのなす角度
※7 ダウンフォースが発生した時の、サスペンションの伸縮を計測するためのセンサー