ラリー・メキシコの楽屋裏

今回チームが事前に作業する場所を提供してくれたのは、レオンに建ったばかりの真新しいスズキディーラー。広々した展示スペースと整備工場では、作業がとてもはかどりました。スズキメキシコの皆さん、ありがとうございます!


スズキのメキシコでの歴史は1996年に2輪の販売代理店SUZUKI MOTOR DE MEXICO(通称スズキメキシコ)が設立されてはじまりました。ですが、スズキの4輪が始めてメキシコに輸入されたのは2005年と、実はつい最近です。2005年に日本・メキシコ経済連携協定(通商日墨EPA)が発効される前はメキシコの自動車の一般関税率が50%と高く、日本からの4輪自動車の輸出が実質不可能でした。スズキは2005年10月末EPAが発効されるとスズキメキシコを通じて早速5ドアのSUV、グランド・ビターラとエリオ・セダンをメキシコに投入、続く2006年には1.5lのスイフトの販売も開始し、好調に売り上げを延ばしています。「新しい物好き」なメキシコ人の性格、国内公共交通機関の未整備、舗装の悪い道路などがあいまって、スズキの小型のSUVは老若男女を問わず幅広い層の支持を集めており、これからが期待されます。


メキシコまでの移動は、人や手荷物に限らず大変です。例えば、ヨーロッパ内や近隣国であればトラックで一式移動するところを、コンテナに必要な物を積んで船で運びます。大西洋を渡ってメキシコに到着したコンテナはスズキメキシコへ、さらにサービスパークに運ばれます。そして、カバーを被せてキレイに化粧直しされ、ヨーロッパイベントでのトラックと同じように使われます。このコンテナはメキシコの次のラウンドであるアルゼンチンに向けて引き続き旅を続けます。コンテナ大活躍!

今回のラリー・メキシコで何より皆をハラハラさせたのがP-G・アンダーソン選手の空港でのロストバゲッジ。ラリー前の日曜日からレオン入りしているP-G選手のスーツケースが何とアムステルダムでなくなってしまい、レーシングスーツ、ヘルメットといった商売道具が一式無い状態で火曜日になってしまいました。火曜日の朝に航空会社から連絡があり、荷物がアムステルダムを出発して、同日の真夜中にはホテルにデリバリーされる予定と伝言されましたが、予定通り到着しないと水曜日の車検で失格になってしまいます!火曜の深夜・・・待てど暮らせど荷物が届きません。ついに日付が変わり、車検当日、水曜日を迎えてしまいました。午後には車検が待ち構えています。昼過ぎ、待望の荷物が到着。本当にギリギリでしたが、荷物が無事全部揃い、P-G選手は車検を通過することが出来ました。


その夜にレオンのスズキディーラーで地元メディア向けに盛大なプレスカンファレンスが催され、田嶋伸博スズキ・ワールドラリーチーム代表と、スズキメキシコの常深社長から挨拶がありました。また、トニ選手のWRC100戦目記念のお祝いも兼ねていて、メキシコの習慣にのっとり記念のカップケーキにトニ選手が真っ先にかぶりついているシーンは格好のシャッターチャンスになっていました。


そして木曜日のシェイクダウンに出走。観に来ていた現地の子供と記念写真も撮りました。観に来てくれるファンの応援と楽しそうな笑顔は選手たちにとって何にも勝る励みになります。


続く木曜日の晩にはセレモニアルスタートです。かつて銀鉱の町として発達し栄えたグアナファトの市外には人が溢れていました。
ちなみに、グアナファトというと地中のトンネルが有名なのですが、地上の建物もヨーロッパ風の外観で風情があります。スペイン風の教会が夕闇に映えて綺麗でした。



 

メキシコから#11 トニ・ガルデマイスター選手、#12 P-G・アンダーソン選手のサイン入りのキャップ等が届きました!
いつもこんなチームの内輪話を読んでくださるスズキ・ワールドラリーチーム・ファンに捧げたいと思います。
どうぞ奮ってご応募ください!



※プレゼントの応募は終了しました

たくさんのご応募ありがとうございました。



 
 

 

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