#04 P-Gの夏休み〜父子で走った白夜ラリー〜


6月の末、P-G・アンダーソン選手の父、モルガン・アンダーソンは白夜ラリーに参戦した。白夜ラリーはスウェーデンで開催される伝統的なのイベント。モルガンはP-Gとその友人が用意したオペル・アスコナBを駆って3日間のイベントに臨んだ。P-Gはメカニックとして参加したが、コ・ドライバーが体調を崩すとコ・ドライバーとして急きょ父をサポート。父子で挑んだラリーの結末は・・・?


やあ!
このラリーは作られてから28年以上たっている車だけが出場できるラリーなんだけど、今回、父の60歳の誕生日を記念して、僕と友人たちで1台の車を仕上げたんだ。僕と友達のステファンとヘンケは夏至が過ぎてから毎日昼も夜も作業してレースに出れる状態にこぎつけた。火曜日の晩にトレーラーハウスに父を乗せて森の中に行って、短い距離だけど練習走行をしてもらった。走り終えた父は、まるで小さな子供みたいに「もっと乗せて!」って言ってたよ。
水曜の昼には600kmほど南に向かってドライブして、午後に行われる車検を受けてきた。万事OKで、ヘンケも僕もほっと一安心。木曜はのんびり過ごすことができた。

スウェーデン南部に設けられたSSはトータルで160kmで、選手たちは18のSSを3日間かけて走り、カールスタッドでゴールする。金曜にラリーがスタートするとヘンケと僕はまず、最初のサービスに車が来るのを待ち受けた。
そこで早速大きなトラブルがあったんだ。というのも、SS1を走り終えたところでコ・ドライバーが体調を崩してしまったんだ。その日はもうラリーを続けられないというので、すぐに僕は主催者に連絡して事情を説明し、明日から僕が代りにコ・ドライバーとして乗ってもいいかどうか聞いてみたんだ。主催者はOKしてくれて、土曜日は僕と父でSSに向かった。


最初の2つのステージで、僕らはトップから150台中20番手以内のタイムをマークすることができた。土曜日を終えた僕らはいろんな意味でハッピーだったよ。正直に言って、僕にとって最高に気分がよかったのは、父が(たぶん父の人生で初めて)若輩者(僕)の言うことを聞いてくれたってことかな!
その夜、モターラの町の中心部でサービスがもうけられて、そこでちょっとした大作業をした。クラッチ交換をヘンケと僕でやったんだけど、結構大変な作業で、それでも何とか1時間以内で終わらせられた。そういえば、僕がメカニックとして車の下にもぐってるのを見てびっくりしている観客もいたよ。


日曜日、僕は父にもっと攻めたドライビングをするようにプッシュした。スピードがあまり出せない区間では結構いい感じで走るんだけど、高速区間ではどうも・・・父はあまり自分の運転能力を信じていないんだ。
残念ながら、僕たちはSS14でリタイアした、ドライブシャフトが折れちゃったからね。でも父はとても満足してくれた。来年も出たい、ってさ。来年はもっと、事前に練習する時間がほしいとも言っていた。父が最後にラリーに出たのは1977年、僕が生まれる前のことだ。でも、練習して臨めば、来年はきっとトップ20以内の成績がとれると思うよ!

P-G




 

 

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